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小島友実

小島友実(こじま ともみ、6月14日 - )は、オフィスワタナベ所属のフリーアナウンサー。身長は163cm、血液型はO型。趣味は競馬、乗馬、びわの葉のお灸、健康ネタ探し。

目次 [非表示]
1 主な出演番組
2 連載
3 著書
4 外部リンク



[編集] 主な出演番組
明日のレース分析(グリーンチャンネル) - 司会
中央競馬実況中継(ラジオNIKKEI) - アシスタント ※関東地区パドック担当

[編集] 連載
「小島友実の好奇心keiba」(週刊競馬ブック)

[編集] 著書
「競馬場実測図鑑」亀谷敬正監修・馬券マニア特捜班編(東邦出版) ※取材・構成

2007年02月10日 トラックバック(-) コメント(-)

鳥居 滋夫

鳥居 滋夫(とりい しげお)は、元フジテレビアナウンサーである。

「プロ野球ニュース」(第1期、1961年~1965年)の司会を務めた他、各スポーツの実況も担当していた。

1960年代半ばから1970年代前半までフジテレビ競馬中継(現在、スーパー競馬)のメイン実況を務めた。また、1960年代半ばから同終わりまで、東京競馬場・中山競馬場で行われた重賞競走のほとんど全ての実況を彼が行ったものと思われる。

1970年あたりから一部、旧八大競走の実況を盛山毅アナに譲るようになり、旧8大競走としては1973年の優駿牝馬(オークス。優勝馬・ナスノチグサ)が最後の実況となった。

また、1973年の東京優駿(日本ダービー)より初めて同レースの実況を盛山アナが担当。それ以後、フジテレビ競馬中継のメイン実況は盛山アナ、サブアナとして大林宏アナが務めるという形となり、競馬実況自体もこの2人でほぼ務める形になった。

シンザンの5冠のうち、東京優駿(1964年)、秋の天皇賞・有馬記念(1965年。このレースで「シンザンが消えた!」の名言を残す)の実況を務め、また、ハイセイコーが勝った1973年の皐月賞の実況も務めた。

スタートからテンポあるしゃべり口に定評があり、また、出走各馬が道中一体何番手にいるのかや、少なくとも着順掲示板(5着まで)に入った馬を確実に伝える実況ぶりにも定評があった。

中には、彼のことを、「伝説の競馬実況アナ」という人もいる。

2007年02月10日 トラックバック(-) コメント(-)

松本 暢章

松本 暢章(まつもと のぶあき、1931年8月10日 - 1998年3月14日)は、元:関西テレビ放送のアナウンサーである。

大阪・天王寺中学(現:大阪府立天王寺高等学校)時代には甲子園にも出場した「元・球児」。関西学院大学在籍時に神戸放送(現:ラジオ関西)のパーソナリティーとして活躍。卒業した後は、関西テレビへ入社し、スポーツ中継を担当した。シンザン戦後初の三冠達成(1964年)や、阪神タイガース21年ぶりのリーグ優勝の実況(1985年)等を務めた。

同じ関西学院大学の後輩にあたる杉本清にアナウンサー試験を受験させ(結果合格し1961年に入社。1965年より競馬を担当する)、1969年以降は桜花賞や天皇賞(春)、それに菊花賞といった大レースを含むメイン実況の座を杉本に譲ることとなったが、その後も司会やコメンテーターとして同局の競馬中継に出演し、競馬博士として親しまれた。

1998年3月14日に66歳で逝去。

2007年02月10日 トラックバック(-) コメント(-)

盛山 毅

盛山 毅(もりやま たけし)は、昭和期の元フジテレビアナウンサーで、現在は共同テレビジョン専務取締役(制作センター・事業開発センター担当兼事業開発センター長)、株式会社ベイシス取締役。

1964年、慶應義塾大学卒業しフジテレビに入社。1970年代から1980年代前半にかけてフジテレビの競馬実況の顔として、数々の名実況を残した。その後1987年に広報室長になり、美術局長などを経て、1997年に共同テレビに移籍した。

2007年02月10日 トラックバック(-) コメント(-)

長岡 一也

長岡 一也(ながおか かずや、1939年 - )は、元アナウンサーで現在は競馬ジャーナリスト。

千葉大学文理学部卒。1961年に、日本短波放送(現・ラジオNIKKEI)に入社し、アナウンサーとして主に競馬中継を担当。日本ダービーのレース実況を16年間担当した。
競馬マスコミに携わる傍らで、聴取者投稿による詩の紹介を番組化した「私の書いたポエム」を、1975年からセルフプロデュースで開始。当時同局の人気アナウンサーだった大橋照子と共に出演し、30年を超える長寿番組として現在も出演している。
1987年に日本短波放送を退社後は、番組制作会社のマイプランに所属。引き続き競馬に携わっており、自身が出演する、関東独立UHFテレビ局「中央競馬ワイド中継」 では、現在も東京と中山のメインレース(主に重賞レース)を実況。日曜日の番組内第2部冒頭で、メインレース映像と共に、その名調子を聞くことが出来る。
また、いやだようの筆名で「アチャラカ王国物語」なる小説も執筆した。


◆現在出演の主な番組

中央競馬ワイド中継 (関東各UHFテレビ放送局 司会、実況。番組公式サイト「週刊 出来事」欄には、毎週更新のコラム『長岡一也の岡目八目』が掲載されている)
私の書いたポエム (ラジオNIKKEI パーソナリティー)
マイクエッセー 競馬つれづれ帳 (週刊競馬ブック連載 2006年3月6日発売号の1000回目を最後に連載終了)

2006年11月08日 トラックバック(-) コメント(-)

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