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大崎 昭一

大崎 昭一(おおさき しょういち、1945年1月15日 - )は、日本中央競馬会(JRA)の元騎手で、現在は競馬評論家。宮崎県出身。

記者の質問には弱気のコメントをすることが多く、「泣きの昭ちゃん」といわれたが、レースでは厳しく大胆な騎乗ぶりで東京優駿(日本ダービー)、有馬記念をそれぞれ2勝するなど名手として活躍したが、たび重なる落馬事故により満身創痍であった。そのため競馬ファンの間では「怪我さえなければ1000勝は確実にできていた」といわれている。1999年引退。中央競馬通算970勝。


◆来歴

 ・1963年 柴田寛厩舎所属騎手としてデビュー。同期に安田伊佐夫など。
       障害では、この年1度目の中山大障害を制していたフジノオーに騎乗し2勝を挙げている。
 ・1964年 36勝をマーク。
 ・1965年 目黒記念(春)をブルタカチホで制し重賞初勝利。
       「稀代のクセ馬」カブトシローでカブトヤマ記念を勝ち重賞2勝目。
 ・1966年 調教中の落馬で馬の下敷きとなり、骨盤を7ヶ所骨折。
 ・1967年 カブトシローで有馬記念を制し、GI級レース初勝利。
 ・1968年 中央競馬(以下同様)通算100勝達成。
 ・1969年 ダイシンボルガードで東京優駿(日本ダービー)を制覇、レース後ファンに胴上げされる。
       24歳での勝利は戦後の最年少ダービージョッキー記録であった(当時)。
 ・1973年 福島競馬で外ラチに激突し落馬、胸部挫創および腰椎第一第二右横突起を骨折。
 ・1975年 フジノパーシアで天皇賞(秋)制覇。
 ・1976年 フジノパーシアで宝塚記念に勝利し、
       同馬でローレルパーク競馬場のワシントンD.C.インターナショナルへ遠征(6着)。
       通算300勝。
 ・1977年 府中競馬で落馬し、左第七~十一肋骨骨折、右下腿筋挫創の大怪我。1年2ヶ月休養。
 ・1978年 中山競馬で落馬、右大腿骨を骨折。治療ミスで骨が割れ1年近く休養。
 ・1979年 グリーングラスの引退レースに騎乗し、2度目の有馬記念制覇。
 ・1980年 福島競馬で落馬、再度の右大腿骨骨折。
 ・1981年 16番人気のカツトップエースで皐月賞を逃げ切り勝ち。
       東京優駿(日本ダービー)も同馬でサンエイソロンの猛追をハナ差しのぎ、
       ダービー2勝目を挙げる。フリーとなる。
 ・1982年 通算500勝。
 ・1985年 新潟競馬の本馬場入場で柵ごしにファンと言葉を交わした行為が公正競馬を害するされ、
       4ヵ月間の騎乗停止処分を受ける(新潟事件)。
 ・1987年 通算700勝。
 ・1991年 布施正調教師の誘いを受け小倉に遠征、以後関西での騎乗が中心となる。
 ・1992年 管理する橋口弘次郎調教師に出走を強く薦め、
       11番人気のレッツゴーターキンで天皇賞(秋)を制覇。
 ・1994年 通算900勝。
 ・1998年 中京競馬での落馬事故による後遺症から慢性硬膜下血腫を発症、頭部手術を受ける。
 ・1999年 復帰に向けリハビリを続けていたが、網膜色素変成症を発症し現役続行を断念。


◆騎手通算成績(中央競馬)

通算成績 1着 2着 3着 4着以下 騎乗回数 勝率 連対率
平地 962 898 901 6086 8847 .109 .210
障害 8 4 7 18 37 .216 .324
計 970 902 908 6104 8884 .109 .211

重賞通算36勝

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2006年12月17日 トラックバック(-) コメント(-)

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