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嶋田 功

嶋田 功(しまだ いさお、1945年11月8日 - )は、日本中央競馬会(JRA)の元騎手、同会調教師。北海道出身。 騎手時代、気管支喘息の持病や減量と戦いながら、たび重なる落馬負傷からカムバックし優駿牝馬(オークス)3連覇を達成。「牝馬の嶋田」、「府中2400のスペシャリスト」と称される(東京優駿(日本ダービー)、優駿牝馬は府中芝コース2400mで施行)。優駿牝馬での通算5勝は今も同レース最多勝利記録である(2位は武豊の3勝)。

元騎手の嶋田潤は実弟である。

目次 [非表示]
1 来歴
2 騎手通算成績(中央競馬)
3 その他の騎乗馬
4 代表管理馬



[編集] 来歴
1964年 稲葉幸夫厩舎所属騎手としてデビュー。同期に菅原泰夫等。
1965年 パナソニックで安田記念を逃げ切り重賞初制覇。この年2年目にして33勝をマーク。
1967年 中央競馬(以下同様)通算100勝達成。
1969年 東京優駿(日本ダービー)で抽せん馬タカツバキに騎乗、単勝支持率44.4%の1番人気となるが、1周目スタンド前で落馬(タカツバキ事件)。嶋田は後にこの時の事を「あの一件は悔しい。その時、俺はこう思った。リーディングジョッキーの地位も要らない。1000勝も要らない。俺は必ずダービーを制してやる」と語っている。
1971年 ナスノカオリ騎乗の桜花賞でクラシック初制覇。ダコタで再びダービーの1番人気となるが、ヒカルイマイの17着(「ダコタは何処だ」の名(?)実況)。
1972年 通算300勝。タケフブキで優駿牝馬(オークス)初制覇。リーディングジョッキー争いのトップを独走するが、9月30日中山競馬でキングムーティに騎乗し落馬。頭蓋骨、肋骨、肩甲骨を骨折し生死を彷徨う。
1973年 2月落馬負傷から復帰し、ナスノチグサでオークス、9番人気のタケホープで翌週のダービーを連勝。ダービー前の追い切り後記者団に、「(断然人気の「怪物」)ハイセイコーが四ツ脚なら、こっちの馬も四ツ脚だよ」のコメントを残す。嶋田はタカツバキ事件のリベンジを成し遂げた。しかしその後調教中の落馬で左足骨折し、菊花賞のタケホープには武邦彦が騎乗、見事優勝できっちりと代打を果たす。
1974年 タケホープで天皇賞(春)制覇。トウコウエルザでオークスを制し同レース3連覇。
1975年 3月の中山競馬で落馬し、左関節内筋断裂で入院。
1976年 テイタニヤに騎乗し桜花賞、オークスの牝馬クラシック2冠を達成。アイフルで天皇賞(秋)を制覇。
1977年 通算500勝達成。
1979年 リンドプルバンでダービーに騎乗、ハイセイコー産駒カツラノハイセイコに鼻差及ばず2着。
1981年 通算700勝達成。テンモンで5度目のオークス制覇。
1982年 ビクトリアクラウンに騎乗しエリザベス女王杯制覇。
1985年 フリーとなる。
1986年 通算900勝達成。
1988年 騎手を引退。
ちなみに嶋田は8大競走のうち5つを制した。あと皐月賞、菊花賞、有馬記念を制せば8大競走完全制覇だった。


[編集] 騎手通算成績(中央競馬)
通算成績 1着 2着 3着 4着以下 騎乗回数 勝率 連対率
平地 951 869 795 4709 7324 .130 .248
障害 0 1 0 2 3 .000 .333
計 951 870 795 4711 7327 .130 .249

重賞通算52勝

[編集] その他の騎乗馬
グリーングラス(1977年 日本経済賞レコード勝ち)
ビンゴガルー(1978年 朝日杯3歳ステークス)
ブルーアレツ(1980年 安田記念)
ホスピタリティ(1982年 セントライト記念など)

[編集] 代表管理馬
アイビートウコウ(ダービー卿チャレンジトロフィー)
アクアビット(ニュージーランドトロフィー4歳ステークス)
ワカタイショウ(中山大障害(秋))
ダイワデュール(東京ハイジャンプ)
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2007年03月08日 トラックバック(-) コメント(-)

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