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稲葉 幸夫

稲葉 幸夫(いなば ゆきお、1908年9月4日 - 2001年10月7日)は元騎手(東京競馬倶楽部、日本競馬会)、元調教師(日本競馬会、国営競馬、日本中央競馬会)。北海道の新冠御料牧場で生まれる。1923年3月、市父尋常小学校高等科卒業。1925年12月、順天中学中退。1981年、黄綬褒章を受章。調教師顕彰者。

家族や親戚にも競馬関係者が多く、兄の稲葉秀男は調教師、母方の叔父である美馬勝一、美馬信次、美馬孝之、美馬武雄はいずれも騎手または調教師。また、子の稲葉隆一はJRA調教師(マイネルラヴを管理)。

目次 [非表示]
1 経歴
2 成績
2.1 騎手成績
2.1.1 主な勝ち鞍
2.2 調教師成績
2.2.1 主な勝ち鞍
2.2.2 受賞



[編集] 経歴
父秀幸は新冠御料牧場の従業員であり、家族は牧場内で生活していた。そのため、自身も同牧場内で生まれ育った。尋常小学校卒業後、弁護士を志して上京するが学業を放棄し、目黒競馬場で調教師となっていた兄・秀男の下で見習騎手となった。1928年、騎手免許を取得。1938年、調教師兼騎手の免許を取得。

太平洋戦争の戦況悪化により競馬開催が一時中止に陥った際には二本柳俊夫とともに日本競馬会の運送業に就いた。 1946年10月の競馬再開と同時に調教師として復帰。JRAが調教師の定年制を導入したため、1989年3月に引退した。

調教師として牝馬の活躍馬を多く輩出し、「牝馬の稲葉」と呼ばれた。牝馬3冠競走を9勝した他、天皇賞も牝馬での優勝をした。さらに1976年には管理馬テイタニヤ・ディアマンテによる牝馬3冠競走年間完全制覇を達成している。

また管理馬タケホープは、ハイセイコーのライバルとして有名だった。

2004年、調教師顕彰者として殿堂入りを果たした。


[編集] 成績

[編集] 騎手成績
通算成績は資料が無いため不明。


[編集] 主な勝ち鞍
横浜農林省賞典4歳呼馬(1939年ロックパーク)
阪神優駿牝馬(1941年テツバンザイ)
中山農林省賞典障害(1934年キンテン)

[編集] 調教師成績
通算8414戦1133勝、重賞50勝(日本中央競馬会発足以降)


[編集] 主な勝ち鞍
天皇賞(秋)(1954年オパールオーキット、1964年ヤマトキョウダイ)
有馬記念(1964年ヤマトキョウダイ)
東京優駿(日本ダービー)(1973年タケホープ)
菊花賞(1973年タケホープ)
桜花賞(1971年ナスノカオリ、1976年テイタニヤ)
優駿牝馬(1941年テツバンザイ、1972年タケフブキ、1973年ナスノチグサ、1976年テイタニヤ、1981年テンモン)
エリザベス女王杯(1976年ディアマンテ、1982年ビクトリアクラウン)

[編集] 受賞
関東リーディングトレーナー(1972年、51勝)
優秀調教師賞(関東)(1956年、1958年、1967年、1983年)
調教技術賞(関東)(1967年)
日本中央競馬会理事長表彰(1973年)
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2007年02月28日 トラックバック(-) コメント(-)

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