スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--年--月--日 トラックバック(-) コメント(-)

長岡 一也

長岡 一也(ながおか かずや、1939年 - )は、元アナウンサーで現在は競馬ジャーナリスト。

千葉大学文理学部卒。1961年に、日本短波放送(現・ラジオNIKKEI)に入社し、アナウンサーとして主に競馬中継を担当。日本ダービーのレース実況を16年間担当した。
競馬マスコミに携わる傍らで、聴取者投稿による詩の紹介を番組化した「私の書いたポエム」を、1975年からセルフプロデュースで開始。当時同局の人気アナウンサーだった大橋照子と共に出演し、30年を超える長寿番組として現在も出演している。
1987年に日本短波放送を退社後は、番組制作会社のマイプランに所属。引き続き競馬に携わっており、自身が出演する、関東独立UHFテレビ局「中央競馬ワイド中継」 では、現在も東京と中山のメインレース(主に重賞レース)を実況。日曜日の番組内第2部冒頭で、メインレース映像と共に、その名調子を聞くことが出来る。
また、いやだようの筆名で「アチャラカ王国物語」なる小説も執筆した。


◆現在出演の主な番組

中央競馬ワイド中継 (関東各UHFテレビ放送局 司会、実況。番組公式サイト「週刊 出来事」欄には、毎週更新のコラム『長岡一也の岡目八目』が掲載されている)
私の書いたポエム (ラジオNIKKEI パーソナリティー)
マイクエッセー 競馬つれづれ帳 (週刊競馬ブック連載 2006年3月6日発売号の1000回目を最後に連載終了)

スポンサーサイト

2006年12月27日 トラックバック(-) コメント(-)

吉岡 牧子

吉岡 牧子(よしおか まきこ、現姓・山元、1964年3月8日 - )は、益田競馬場(現在廃止)に所属していた元騎手である。現在は競馬評論家として競馬関係のテレビ番組やイベントに出演している。

1987年にデビュー。「インターナショナルクィーンズジョッキーシリーズ」という女性騎手による国際交流戦で3年連続総合優勝を飾るなど、常に地方競馬を代表する女性騎手として活躍。1995年に騎手を引退するまでの8年間で通算350勝をあげ、2005年に宮下瞳(名古屋競馬所属)に更新されるまで、女性騎手の通算勝利数の日本記録を保持していた。

2006年12月26日 トラックバック(-) コメント(-)

安田 富男

安田 富男(やすだ とみお、1947年10月7日-)は日本中央競馬会の元騎手で現在は競馬評論家である。

現役時代は万馬券に絡むことが多いことから「泥棒ジョッキー」と呼ばれた。また、若い頃は成績が上がるとすぐに遊び歩く為、何度も師匠の加藤朝次郎調教師から雷を落とされ有力馬から降ろされたというエピソードもある。また、JRAの騎手で初めてJRA競馬場全場重賞制覇を達成した騎手でもある。


◆来歴

 ・1968年 騎手免許取得し、加藤朝次郎厩舎からデビュー。
 ・1974年 小倉大賞典で初重賞制覇。
 ・1976年 グリーングラスで菊花賞制覇。
 ・1981年 加藤朝次郎の引退に伴い加藤修甫厩舎へ移籍。
 ・1985年 フリー騎手となる。
 ・1987年 タマツバキ記念に優勝しJRA全場重賞制覇に王手をかける。
 ・1994年 札幌競馬場でブリーダーズゴールドカップに勝利するもホッカイドウ競馬主催のレースだった為記録達成とならなかった。
 ・1996年 札幌スプリントステークスで史上初のJRA競馬場全場重賞制覇を達成。
 ・2001年9月2日 現役引退。


◆全競馬場重賞制覇

安田の打ち立てた大記録が上記にもあるJRA競馬場全場重賞制覇がある。安田自身はこの記録について「フラフラしていたから達成できた落ちこぼれの勲章」とインタビューで語っている

☆勝利重賞と競馬場

勝利年 施行競馬場 競走名 優勝馬名
1996年 札幌競馬場 札幌スプリントステークス ノーブルグラス
1987年 函館競馬場 タマツバキ記念 ロータリーザハレー
1975年 福島競馬場 七夕賞 ノボルトウコウ
1974年 新潟競馬場 関屋記念 ノボルトウコウ
1978年 中山競馬場 クイーンカップ キクキミコ
1976年 東京競馬場 目黒記念(春) ハクバタロー
1975年 中京競馬場 中日新聞杯 サンポウ
1976年 京都競馬場 菊花賞 グリーングラス
1984年 阪神競馬場 4歳牝馬特別 ダイナシュガー
1974年 小倉競馬場 小倉大賞典 ノボルトウコウ

※競馬場での初重賞勝利基準で記載


◆成績

通算成績 1着 2着 3着 4着以下 騎乗回数 勝率 連対率
平地 752 756 796 5989 8923 .0091 .182
障害 6 8 16 55 85 .071 .165
計 758 764 812 6044 8378 .090 .182

2006年12月25日 トラックバック(-) コメント(-)

細江 純子

細江 純子(ほそえ じゅんこ、1975年3月12日 - )は、JRA(日本中央競馬会)の元騎手である。現在は競馬評論家(ホース・コラボレーター)として活動中。愛知県蒲郡市出身。愛知県立蒲郡東高等学校卒業。


◆略歴

高校卒業後、OLとして社会人を経験したのち、騎手になりたいという夢を断ち切れず、競馬学校に入学。日本中央競馬会初の女性騎手として牧原由貴子、田村真来らとともにデビューした。いわゆる「競馬学校花の12期生」の1人で、競馬学校の同期生には福永祐一や和田竜二などがいる。

デビューは1996年3月2日の中京競馬第1競走、サファイヤリネンに騎乗し16頭立ての9着。初勝利は同年5月12日の京都競馬12競走、レゾンデートルで挙げた。そのレゾンデートルで、同年夏には重賞の北九州記念にも騎乗した(9着)が、デビューした年はわずか2勝に終わった。1999年には日本の女性騎手としては初となる海外競馬(シンガポール)での勝利を挙げた。しかし、目立った成績が残せぬまま、2001年6月15日に騎手を引退。中央競馬での通算成績は493戦14勝であった。

その他、写真集も出すなど異色な面も見せた。

本当に競走馬が好きらしく、牡馬には君付け、牝馬にはちゃん付けで呼ぶことがある(例えばディープインパクトはディープ君、シーザリオはシーザリオちゃんなど)。


◆エピソード

 ・かなりの天然キャラである
 ・騎手時代から酒豪で有名。フジテレビ739の「酔いどれ競馬」の放送中、酔った勢いで放送禁止用語を言った事がある。
 ・2006年5月14日の全レース終了後の東京競馬場パドック内で行われたチナッチャブル(うまッチ!番組内からうまれた若槻千夏・アンタッチャブル・番組プロデューサー矢延隆生のグループ)のCD発売のPRイベントで司会を務めた際、歌の終盤でやのべ副部長が最後の大サビを歌おうと大きく息を吸った瞬間「ありがとうございました~!」と勢いよく言ってしまい、最後の大サビとまるかぶりしてしまって会場を爆笑の渦に巻き込む。
 ・男性の多い競馬社会に長く居たため、下ネタは抵抗があるどころかむしろ気分が和むとのこと。
 ・顔は年齢よりも老けて見えるため、年配に見られることがあるが、実際にはゲスト出演の経験があるテレビ西日本「ドリーム競馬KOKURA」の司会・藤城真木子や関西テレビ「サタうま!」に出ている六車奈々よりも若い。


◆出演番組

 ・中央競馬ワイド中継(関東独立UHF5局ネット 土曜日レギュラー)
 ・グリーンチャンネル(CSテレビ放送)
 ・スポーツニッポン(大阪・西部本社版競馬コーナーの予想執筆)
 ・ドリーム競馬(GIレース及びディープインパクト専門レポーター)
 ・うまッチ!(フジテレビ系 隔週レギュラー)
 ・名馬の肖像2(KBS京都テレビ)
 ・ホソジュンのステッキなお話(netkeiba.com、競馬総合チャンネル)

2006年12月24日 トラックバック(-) コメント(-)

野元 賢一

野元賢一(のもと けんいち、1964年- )は東京都出身の日本経済新聞の競馬記者、競馬評論家。

競馬界に対する辛口の論評はファンが多い。ハルウララの休養を巡って馬主サイドと厩舎サイドが対立した際には、地方競馬における公然のタブーである「名義貸し」の問題にも踏み込んだ評論を展開した。


◆来歴

千葉県立布佐高等学校卒業
東京大学法学部卒業後、1987年4月に毎日新聞社入社。同社長野支局勤務を経て、本社運動部に転属しスポーツ記者となる。
1996年日本経済新聞社に移籍。当初は株式面担当であったが、30歳ごろより競馬専属記者として現在に至る。


◆著作

競馬よ!―夢とロマンを取り戻せ―

2006年12月23日 トラックバック(-) コメント(-)

高本 公夫

高本 公夫(たかもと きみお、1939年 - 1994年)は競馬評論家、作家。色丹島出身。明治大学文学部卒業。

主に中央競馬の馬券予想に関する本を著作した作家。いわゆる暗号馬券理論(サイン理論)の事実上の元祖として知られており、そのため競馬業界ではそのような予想のことを「タカモト式」(あるいは単に「タカモト」)と呼ぶほどである。推理小説の執筆や競馬劇画の原作もしていた。

ちなみに息子の高本達矢も競馬評論家であり、父の後を継いで馬券本を数多く著している。

2006年12月22日 トラックバック(-) コメント(-)

須田 鷹雄

須田鷹雄(すだ たかお、1970年6月8日 - )は、競馬評論家(本人曰く「お笑い競馬ライター」)。本名は下坂 昇平(しもさか しょうへい)。東京都出身。麻布高校、東京大学経済学部卒業。ペンネームの「須田鷹雄」は競走馬のスダホークに由来する。旅打ちが趣味。競馬等の公営競技だけではなく、海外のカジノ(特にラスベガス)にも頻繁に出かける。尊敬する人は師匠である井崎脩五郎であり、共著で書物を執筆することもある。また鈴木淑子司会の走れ!歌謡曲のハガキ職人でもあった。

主に競馬ライター(競馬評論家)として各種連載や著作執筆のほか、テレビ、ラジオにも出演。また、競馬関係の番組や格闘技番組(K-1 JAPAN等)の放送作家を務めるなど、幅広い分野で活動している。

体型や(酒好きで有名な)井崎脩五郎の弟子であることを考えると意外なことであるが、下戸であり酒を飲まない(体質的な理由なのか嗜好的な理由なのかは不明)。


◆経歴

大学在学中の1990年に別冊宝島「競馬ダントツ読本」でライターとしてデビュー。1994年にはJR東日本に就職するが(本人は著作の中で「副業」と書いている。当時は西船橋駅に勤務し、大川慶次郎がその「副業」ぶりを観に行ったことがある)、1996年に同社を退社、血統評論家の田端到が社長を務める有限会社ドラゴンプレスに所属する。学生・サラリーマン時代はメディアに顔や本名を露出することは無かったが、退社後はライターだけではなくイベント出演やテレビ出演等を積極的にこなすようになる。 ペンネームはスダホークから取った。2000年には自分の個人事務所として有限会社須田鷹雄商店を設立し取締役社長に就任。現在の外見からは考えられないが大学時代は 馬術部に所属しており騎乗技術に関する評論もある程度行える貴重な存在である。 競馬だけでなく競輪についても書いたことがある。ディープインパクトの薬物問題ではフリーの立場でありながらも JRAの対応を批判し話題になった。師である井崎脩五郎との出会いはなんと同氏の愛息の家庭教師を したことであったという。


◆主な出演番組

 ・BSフジ競馬中継(BSフジ、独自放送時)
 ・ドラマチック競馬(北海道文化放送)
 ・酔いどれない競馬(フジテレビ739)
 ・競馬予想TV!(フジテレビ739)
 ・RIDE ON 22(グリーンチャンネル、2006年1月より)

◆終了した番組
 ・競馬大王(BSフジ)
 ・ウィークエンド・パドック(ラジオたんぱ)


◆主な著作

 ・もうひとつのダビスタワールド(アスペクト)
 ・負け馬の遠吠え(双葉社)
 ・バンキシュ!(光文社)
 ・須田鷹雄の新理論「ガラット」(東邦出版)
 ・POGの達人シリーズ(光文社)

☆井崎脩五郎と共著

 ・ウマ家でわかる馬ゴコロ(ワニブックス)
 ・新「ウマ家」の謎(ザ・マサダ)
 ・完全「ウマ家」大事典(廣済堂出版)
 ・「最重要ウマ問題」裏議事録(ザ・マサダ)
 ・珍馬怪記録うま大全(ザ・マサダ)

2006年12月21日 トラックバック(-) コメント(-)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。